愛ある選択 2018.4.15


僕らの毎日は選択の連続です
例えば、家を出て右に行くか左に行くか
駅に近い方が右だから右を選んでいますが、別に左でも遠回りになりますが辿り着けます
こうやって細分化していくと1日中膨大な数の選択をしています
そしてこのことは同時に、無意識のうちに自分で”選んでいる”ことに気づかしてくれます
では親しい人と喧嘩をした
そんな時、どんな選択肢があるでしょう?
→口撃
→仕返し
→自分と同じ気持ちを味合わせてやる
怒りの感情の時、は攻撃的な選択肢が力を持ちます
また自分はなんて悲しいんだと、自己憐憫や自己否定、悲劇のヒロインを演じる選択をする時もあるかもしれません
確かに感情のままに選べば、このような選択肢にたどり着くと思います
でも本当は??
仲直りしたいんじゃないの?
許してあげたいんじゃないの?
許してほしいんじゃないの?
また笑いあいたいんじゃないの?
本当はその人とどうなっていたいの?
今の位置からゴールを見ると遠すぎたり、高すぎたりして、どう進んでいけばいいのか見えないかもしれません
けれど”こうなりたい”というゴールが決まっていればゴールから今の位置を見ることが出来ます
どの選択をすればいいのか
どう行動すればいいのか
今の位置からゴールを眺める時よりも、ずっと見えやすくなっているはずです
その選択こそ、感情に振り回されて選んだものではなく
相手のことも考えた”愛のある選択”になるのではないでしょうか
「自分で選んできたのに 選ばされたと思いたい
一歩も動いちゃいないのに ここがどこかさえ怪しい」
(please)for give/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます

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