優しさと偽善 2017.11.15


偽善ってあんまりいいものとして扱われないのですが、僕は偽善推進派です
例えば街中で困ってるお年寄りを手伝ったり、電車で席を譲ったり、打算的な部分も人間なのであります
でも同時に気恥ずかしかったり、断られたらカッコ悪いなと思いながらも勇気を出した部分も持っています
行動した本人がどんな気持ちだったとしても、してもらった側からすれば「助かった、ありがとう」であれば結果オーライですよね
であればそれが心からの優しさだったとしても偽善だっとしてもさほど問題ではありません
だって目の前の人が笑顔になってくれたんだから
それに本当に心の底から優しい人は僕のようにあれやこれやと考える前にスッと手を差し伸べてるんですよね
まるで条件反射みたいに
そうなりたいなぁなんて少し思うから、とりあえず偽善をします
いや偽善しか出来ないんで、偽善をします
それでいいと思うんです
大切な人のために!というのだって、その人の笑顔が見たいっていう僕の都合でもあります
たとえ自分のためであっても、目の前の人に優しく出来るなら、それも1つの優しさの形ではないでしょうか
だからもし世界中の人が偽善をしたら、それはそれで1つの優しい世界になると思います
「ねぇ 君のために生きたって 僕のためになっちゃうんだ
本当さ 僕が笑いたくて 君を笑わせてるだけなんだ ごめんね」
ひとりごと/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます

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