どうして桜は散ることを恐れないの? 2017.4.13


今日はお花見に行ってきました
といっても1人でフラッと立ち寄ってポケーと(笑)
その理由の1つは僕の幼い頃に育った場所に行くので、桜以外にもぶらぶらしたかったから
もう1つは桜は僕にとって、なんだかすごく象徴的な存在だから
小学5年生まで住んでいた町に行くと、街並みはもちろん変わってはいるのですが、なんだか町自体が小さくなったみたいに感じました
母親に手を引かれて通った幼稚園までの道や、よく行っていたお店までの距離
友達とよく遊んだ公園の広さ
どれもが大人になった今、小さいなぁと
懐かしさとどことなく寂しさと、胸の奥をキュッと掴まれるような不思議な感覚です

僕にとっての桜は、”強さと自信”の象徴です
桜は「開花予報」があるくらい日本中が今か今かと待ちわびます
しかし、咲き終わって散ると誰も見向きもしてくれません
ある日僕はふと思いました
「どうして、桜は散ることを恐れていないのだろう」と
散りさえしなければ、多くの人が集まって「綺麗だねぇ」と言ってくれます
なのに、むしろ散り際こそ美しくと言わんばかりに桜吹雪を僕たちに見せてくれます
散っちゃったら誰にも相手にされないんだよ?
1日でも長く花びらをつけていたいと思わないの?
秋や冬なんて葉っぱもついていない裸同然の姿になるんだよ?

その姿に僕は
”変化することを恐れない強さ”
”失敗しても立ち向かえる強さ”
を見ました
そして、その強さは一体どこから来るんだろうと思いました
それこそが”自信”
きっと桜は来年もまた咲き誇れることを知っている
裸同然になろうが、誰も見向きもしない期間があろうが、来年の春には再び自分は花開くんだと信じている
だから失敗することを恐れず変化していこうとする強さを持っているんじゃないかなぁって
それに夏には夏の、秋には秋の、冬には冬の自然の楽しみ方があります
きっと桜は、他の植物たちのことも信じているから
「散った後は新緑たちヨロシクね」と任せられる
「秋は紅葉、頼んだよ」とお願いできる
「冬はみんなで準備しようぜ」と開花の瞬間に備えられる

僕が時計の文字盤を桜の花びらにデザインしてもらったのはそんな想いからです

後もう1つ大きな理由があって、お花見って桜が主役じゃないですよね
主役はあくまでそこに集まる人たちです
でも桜という存在が寄り添うことで、そこに集まった人たちが笑顔で語り合ったり、自分と静かに対話してみたり
セラピストとしてそんな存在でありたいなぁと思っています

ここの桜は上だけじゃなく、僕らの目線やそれより下にも枝を伸ばして咲いてるので、寄り添ってもらってる感がとてもあって好きです
そんな桜の見頃も多分今週くらいかな
なんとかギリギリ予定が合って良かった
そろそろ桜並木から毛虫ロードに変わる故郷でした(笑)
「やさしさに包まれたなら きっと目にうつる全てのことは メッセージ」
やさしさに包まれたなら/松任谷由実
最後まで読んでいただきありがとうございます


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