マイコミュニケーション 2016.9.11


人とのコミュニケーションはやはり会話
僕はもともと人見知りだし、人と話すこと自体苦手だったし、会話が続かない状況が苦痛だった
だけどそれでも懲りずに話しかけてくれる人がいたからそいつとは話せるようになった
1人と話せるようになると、少しずつ、本当に少しずつ、話せる人や話す時間、そして話してる時の笑顔が増えた
大人になっていろんな人に会うと、建前のコミュニケーションをしている人もたくさんいる
作り笑いやとりあえず相槌を打ったり、それは自分が傷つかない為の処世術で必要な時もあるけれど、見てて楽しくなさそうだなって感じる
「僕はこう思うんだ、君はどう思うの?」
自分の思いを言葉に乗せる、上手に喋れなくて、たどたどしくて、どう思われるのか不安だらけで、スッゲー怖くて、クラスメイトや友達と話してるのに顔が赤くなっているのがわかるくらい緊張してて
だけどコミュニケーションのスタートはここからなんだよね
こうして発した僕の思いを相手が受け入れて、相手の思いを受け入れて、そうしてコミュニケーションがとられていく
だから人と話すとき、相手の話を遮らないし、急かしたりせずに、少しずつでもその人の言葉を、その人が選んだ言葉を聞くようにしている
50音を仕事にしているからかな、言葉はとても大きな力を持っている
その人が選んだ言葉にも色んな思いが詰まっている
そう考えてる
どれだけ強く思おうが、言葉にしなきゃ伝わらない
どれだけ仲が良くて、「これぐらい察してよ」と言われても僕はエスパーじゃないからわからない
だから言葉にして伝える
伝える努力をする
会話1つ、言葉1つで相手を絶望させ死に追い込むことも、どん底から救われることもある
言葉自体に良いも悪いもない、発する人がどう在るのか
自分の思いを乗せる「言葉」というのは自分の鏡なんだと思う
「人の多くはその熟練者で 大概の焦燥は隠せるが
人の多くがその熟練者だ 大概はばれていたりもするが」
透明飛行船/BUMP OF CHICKEN
最後まで読んでいただきありがとうございます

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