一流って? 2016.9.9


今日、一流の人ほど安い時計や車に乗っているという記事を読んだ
えっ?一流の人ほど一流のものに囲まれているんじゃ無いの?と思った僕
実際、その手の本も記事もコラムなんかも読んだことがある
だけど考えてみたらおかしなもので、一流と二流の境目ってどこ?ってなった
「俺、一流です」って自ら名乗ったら一流?
なわけない(笑)
であれば世界中、今から一流と名乗れる
「銀河に名だたる一流の住む星、地球!」
それはそれでカッコいいけど、もしそうなら戦争や紛争、悲しい事件なんか起こってないはず
自己申告じゃないなら、他者評価
「あの人は一流だよ」
そんな風に誰かから見てすごいと認められるモノを持っているから一流と呼ばれる
だけどそれさえもその人の主観によるものでしょ
極端な話、ブランド志向の人から見たらブランド物で揃えている人は一流に見えるし
デザインや利便性を重視する人からすればその人は二流に見えてるかもしれない
その記事の最後は
「一流の人ほど「個人の哲学」「自分なりの信念」にしたがって、「自分にとって価値あるもの」とそうでないものを厳しく見極めている」
とまとめられていた
自分にとって必要なものかどうか
なぜ必要なのか、そしてなぜ必要ではないのか
自分の考え方、価値観を他者に左右されない信念
だから一流の物を身に付ける人はそれに対しての価値観と哲学を持っているし、身に付けない人もそこに自分の価値観と哲学を持っている
だからこそ互いに一流と呼ばれるんだと思う
何かを持っているいないが一流と二流の境目ではなく、そこに込めた信念があるかないかが一流と二流の境目
形のないものである以上、他者から評価されるかどうかは別として自分の哲学や信念を持つことは誰でも出来る
ってことは「銀河も驚く強き信念を持つ星、地球!」は夢物語では無くなるね
なんてことを考えたり
iphone7の発表で浮き足立った僕を地に戻してくれた記事でした
「足並揃えろって うるせぇ
俺ら信念貫いている しっかり地に足付け上向いてる」
NO WAY~悪漢無頼/湘南乃風
最後まで読んでいただきありがとうございます

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