運命の人 2016.8.11


”運命の人”
そう聞いてどんなイメージが出てくるだろう
自分の理想の見た目、性格、声、年齢、職業、収入、いろんな理想像をイメージするかもしれません
なら、果たして運命の人は存在するのでしょうか?
ここは賛否両論いろんな意見があると思いますが、僕の答えは「No」です
このところブームのアドラー心理学でも否定していましたね
アドラーが何と言ってるかは本を読んでいただくとして、僕なりの理由はいくつかあります
まず前提が都合のいいように解釈してしまってると思うんです
居たと仮定した場合、自分の理想とは真逆の人かもしれないし80歳で出会う運命かもしれない
そうなると、どんなに好きになったとしても運命の人でなければ結ばれないということ
80歳で出会うなら80まで待たないといけない
そもそも生まれた時から人生のシナリオが決まってしまっていることになること
決まっているなら、もし理想の運命の人と出会って恋に落ちても「好き」という感情さえも決められていたことかもしれないということ
こう考えるとなんだか怖くないですか?
僕はすごく怖いし、イヤだなって感じたんです
運命の人を求めるということは、運命の人以外の出会いを全て否定してしまうことにも繋がってしまうんじゃないかなって
そもそも「この人だ!」って思える直感を感じたなら決められていたことじゃなく、自分で選んだって思いたいのが僕です
運命を切り開くって言うなら恋愛だってそうじゃない?
選んだ人が正解かどうかじゃなく、選んだ人を正解に出来るかどうか
死ぬ瞬間に「この人を選んでよかったな」と思えたら、その人は運命の人に”なった”
運命の人は未来じゃなく常に過去に存在するんじゃないかなって思います
「あなたが迎えに来てくれる その日まで やっぱり… 待てないわ」
もしま運命の人がいるのなら/西野カナ
最後まで読んでいただきありがとうございます

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

リーダーへの道 2016.8.10

次の記事

人の繋がり 2016.8.12