自分の人生 2016.6.8


以前、高校の友人と互いの人生を交換してみたいかという話をしたことがある
僕にないものを持っている彼らを羨ましく思う気持ちもあったが僕の答えはNOだった
それは決して彼らの人生が魅力的でないからではない
たとえ交換する相手が、福山雅治やスティーブジョブズであっても僕は同じ答えを出す
華やかな面、羨ましい面の裏側には色んな悩み、苦労、努力、葛藤があるだろう
裏側も含めて全て受け入れるには、僕には荷が重い
それになによりも僕は自分の人生が気に入っている
別に順風満帆の人生でもない
以前にも少し触れたことがあるけれど、中学高校時代は僕の中での黒歴史だ
思い返しても楽しかった記憶はほとんどない
一番に出てくるのは息苦しさと疎外感
中学の時、顔の知らない上級生に下校中いきなり蹴られたり、同級生の女子からは当時流行っていたSPEEDを知っているだけで笑われ、何人もの下級生からは集会で顔をあわせる度にバカにされる
言い返したり笑いに変えることも出来ず、ただただうつむいて無視するしかなかった
高校は人に対して壁を作って、愛想笑いして合わせる生活
自分の居場所がどこにもないって感じてた
当時、同じ質問をされたら違う答えを出してたと思う
だけどあの時、弱者の側にいたから今湧き出る力がある
自分の居場所を作りたいって想いが源となって身体を動かしてくれる
人は変われるってことを身をもって体験できてる
そんな経験が出来た自分の人生を誰にも渡したくないとさえ感じる
そして、この人生だったからこそ伝えられるものもあるだろう
それは僕だけでなくみんながそうだ
それぞれの人生の経験はその人しか経験していないたった1つのオリジナル
その人だから伝わるもの、感じることがきっとある
みんな違うからイイ
「俺はキムタクにはなれないが、キムタクも俺になれない」
ある居酒屋のトイレの貼紙
最後まで読んでいただきありがとうございます

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