思い出 or 後悔 2015.8.30

私は同年代の人と比べると健康には気をつけている方かなぁとは思います。
もちろん仕事柄なのもあるとは思いますが、飲料は基本、水素水ですしシャンプーや洗顔なども防腐剤や添加物が入ってないものを選んだり。
ある日母親に言われました。
「そんだけ、気をつかって効果あるん?」
私の答えは「わからん」でした。
もともと何かの病気や身体の不調があれば、改善という目に見える結果が付いてくるかもしれませんが、とてもありがたい事に健康体が続いています。
◯◯が不足すると病気になりやすいとか、防腐剤の◯◯はこういう悪影響がある、とか
実際、自分の周りには薬事法もぶっ飛ばすような体験談や見た目からして改善された方も多くおられます。
が、気をつけている結果が今という健康に繋がっているのかどうなのか?
パラレルワールドの自分を連れてくるしか確かめる方法がないです。
じゃあなんで気をつけてるの?
健康に対してお金をかけるの?
その答えを考えました。
2つ答えがでました。
一つは「自己投資」です。
いつまでも若々しくありたい、健康でいたい、それだけでセルフイメージが上がります。
余談ですがうちの祖父は90歳越えても世界中、旅行に行ってました。
私の憧れです。
そしてもう一つがもっとも私の中で大きな理由であり、一つめにも通ずる箇所もありますが「後悔」です。
どんなに気をつけていても、病気になるときはなるでしょう。
日常気をつけて病気にかかったら仕方ないと思えるかもしれません。
でも気をつけていない場合「もし気をつけていれば病気にならなかったかもしれない」という期待を持ちます。
この期待はいわゆる「たられば」というやつです。
「たられば」とは、、
《「もし…していたら(したら)、もし…していれば(すれば)」の意》事実とは無関係な仮定の話。また、事実とは異なることを仮定してする後悔。してもしかたがない話という意味で使われることが多い。
人間はやった後悔よりやらなかった後悔の方が後々まで残ります。
理由は簡単で心には記憶の美化という作用があるからです。
やった後悔はこの美化作用で傷も癒え、あの時は◯◯なことするなんて大胆だったなど笑い話や思い出へと変わっていきます。
しかし、やらなかった後悔はどうなるか?
美化される結果を起こしていないので、「もしかすると」と、たらればが登場し、していればこうなっていたかもという希望を見せてきます。
結果的にやればよかったという後悔に辿り着いてしまうのです。
学生時代に告白して振られた相手より、告白せずなにもしなかった相手の方がよく思い出せるのもこの為です。
よく「反省はしても後悔はするな」と自己啓発やビジネス書には書かれたりしているので、見聞きした方も多いと思います。
もちろんその通りと思いますし、このように生きれれば素敵だと思います。
しかし後悔はします、人間だもの。
みつを的書き方をしましたが、いたって真面目です(笑)
日常は選択の連続です、しかも正しい答えもありません。
であれば自分の中の正しいと感じる答えを選び続けたいですよね。
後悔もあれば迷いもある、迷った結果しないという選択もありだと思います。
でもある人が言っていました。
「迷うってことは、可能性を感じてるってことだよ」
これを言われた時から私は迷ったらやってみるを、ほんの少しの勇気を出して行うようにしています。
もし今の人生が「たられば」が叶った2度目の人生だったとしたら、あなたはどちらを選びますか?
最後まで読んでいただきありがとうございます。

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