自由と責任   2016.1.6

2016年に入り1週間が経とうとしていますが、いかがお過ごしでしょうか。
先日、友人と「自由」について語りました。
自由という言葉は、とても魅力的で良いイメージがついていると思います。
しかし一方で、自由には自己責任が付きまといます。
私のように18からアウトロー的生き方をしてきた人間にとって、責任を当然のものとして自由を謳歌してきましたし(まぁ責任そっちのけの時もありましたが、、笑)、演技などでも自由の方が自分なりの考え方を表現できて好きだったりします。
一方、18の頃から公務員をしていた友人は自由が怖いと言います。
彼がサックスを習っているとき、講師の人に「はい、じゃあここからは自由に演奏して」と言われとても戸惑ったそうです。
何をどうすればいいかわからないと彼は言っていました。
自由という言葉には解放という意味も含まれていますが、多くの人が今この瞬間から自由にしていいと言われたら戸惑うのではないでしょうか。
それはなぜか。
自らの願望に対して不明瞭だからです。
やりたいことがわからない状態とも言えます。
やりたいことが明確であれば自由になった途端、しがらみも何もなくなりやりたいことに向かって進むでしょう。
しかし、やりたいことがわからない、またはやりたいことだけどそこまで強く思っていない、なのに行動した結果には全て自分に責任が乗っかってくるのです。
そう考えると怖いですよね。
幸いにも日本はまだ国や会社が面倒を見てくれる体制がありますが、それも徐々に無くなりつつあると感じています。
自分の人生とちゃんと向き合うことを忙しいなど理由をつけて避けていませんか?
自らが選択した結果失敗したら、とても辛いと思います。
しかし他人の選択した方を選んだ結果、失敗したらどうでしょう。
私なら一生後悔しその人を恨むでしょう。
自分で選ぶと意外と後悔度は少ないことに気づきます。
TOKIOの宙船を聴いて、自分の人生の舵は自分が握ってみましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

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